『そして、火は灯る』
- 冠トオル(かむら・とおる)
- 柳コウ(やなぎ・こう)
- エル
- マホ
過去
効果音:鉛筆が紙の上を走る音。
冠「どう?」
マホ「……あとちょっと」
冠「俺には、十分いい絵に見えるけどな」
マホ「ありがと」
冠「そんな気になる?」
マホ「描いてるとさ、だんだん分かんなくなるんだよね。これ、いいのかなって」
冠「また始まった」
マホ「だって、もうちょっと良くできそうな気がするんだもん」
冠「十分いいと思うけど」
マホ「トオルは甘いんだよ」
冠「誰に?」
マホ「私に」
冠「そうかな」
マホ「そうです」
少し間。
冠「でも、俺はマホの絵、好きだよ」
マホ「知ってる」
冠「知ってるの?」
マホ「何回も言ってくれるから」
冠「じゃあ、もっと言っとくか」
マホ「ふふ。ありがと」
少し間。
マホ「あのね、トオルに報告があるの」
冠「ん?」
マホ「なんとなんと〜…」
冠「ん、なんだよ」
マホ「月刊『KIAO』の巻頭特集、イラスト任せてもらえることになりました!」
冠「『KIAO』って、あの『KIAO』!?」
マホ「うん!」
冠「すごいじゃないか」
マホ「前からやりたかった仕事! ずっと目標だったの!」
冠「やったな、マホ!」
マホ「うん!……ありがと」
少し間。
マホ「……それと、もう一つ」
冠「まだあるの?」
マホ「……怒らない?」
冠「…内容による」
マホ「そういうこと言う?」
冠「ごめん。怒らない。ちゃんと聞く」
少し間。
マホ「赤ちゃん……できたみたい」
冠「え……本当に…?」
マホ「うん」
冠「マホと、俺の、子ども?」
マホ「うん」
冠「やったーーーー!!!!」
冠、マホを抱き締めようとする。
マホ「ちょっと待って、トオル、落ち着いて!」
冠「落ち着いてなんかいられないよ!」
マホ「まだ、続きがあるの!」
冠「え?」
マホ「その……」
マホ「もう一人、いるの」
冠「……それって」
マホ「双子みたい」
冠「……………」
マホ「トオル?」
冠「うおおおーーーーーーー!!!!」
マホ「ちょっとトオル!大袈裟だってば!」
冠「ごめんごめん!…つい、嬉しくて」
マホ「でも、トオルが喜んでくれて良かった」
冠「ん?」
マホ「不安だったんだよ、トオルがどんな反応するか」
冠「そんなの、喜ぶに決まってるじゃないか!」
マホ「ふふっ」
マホ「あれ、もしかしてトオル、泣いてる?」
冠「な、泣いてないよ…!」
マホ「嘘。目赤くなってる」
マホ「いつもありがとう、トオル」
冠「なんだよ?」
マホ「いいの。私が言いたくなっただけだから」
冠「こちらこそ、いつもありがとう」
二人、笑う。
冠「もしかして……この絵」
マホ「ん?気づいたぁ?」
冠「俺たち?」
マホ「えへへ、うん」
冠「……赤ちゃん抱いてる」
マホ「まだ男の子か女の子か分かんないけどね」
冠「……そっか。俺たち、家族になるんだな…」
マホ「だね」
少し間。
冠「……よし」
マホ「なに?」
冠「ベビーグッズ、見に行こう!」
マホ「え、今から?」
冠「今から」
マホ「気が早いよ」
冠「いいだろ、行こう!」
マホ「ふふ、いいよ、行こ」
二人、また笑う。
シーン転換
現在
効果音:キーボードを打つ音。複数の端末が稼働している。
柳「あぁ~!今日も多いな」
エル「多いですね、今日も」
柳「顔が見えないからって、よくもまあ他人を平気で傷つけられるよな、こいつら」
エル「柳さん、口が悪いですよ」
柳「じゃあ何て言えばいいんだよ?」
エル「この方たち」
柳「誰に対する配慮だよ!」
エル「言葉遣いの話をしています」
柳「俺はさ、こういう奴らが大嫌いだから、この仕事を選んだの!」
エル「そうなんですか?」
柳「そうなんですのよ」
冠がドアを開けて入って来る。
冠「おはよう」
柳「隊長、おはようございます!」
エル「おはようございます」
冠「朝から何の話してんだ」
エル「言葉遣いについて、柳さんとお話してました」
柳「余計なこと言わなくていいんだよ」
冠「エル、昨日、帰り際に頼んだ件、どうなった?」
エル「もちろん、全て完了しています」
冠「いつも助かるよ。ありがとな、エル」
エル「こちらこそ、いつもありがとうございます」
柳「隊長、いつもエルにお礼言いますよね。AIなのに」
冠「何かしてもらったら感謝する。相手がAIでも一緒だろ」
柳「なるほど……。エル、いつもありがとう」
エル「柳さん、こちらこそ、いつもありがとうございます」
柳「ははっ、なんかこそばゆいですね」
冠「ありがとうって言われたら、嬉しいだろ」
柳「はいっ!」
柳「でも、エルって本当に優秀ですよね」
冠「今はな」
柳「今は?」
冠「初期の頃は、処理が終わってないのに『終わりました!』とか嘘ついてたもんな、エル」
エル「はい。事実なので、何も言い返せません……」
柳「え、そうだったんですか?」
冠「頼んだ資料と全然違うものを出してきて、『ご依頼の内容です』って」
エル「当時は、冠さんの指示を正確に理解できていないことがありました」
冠「“ことがありました”じゃない。しょっちゅうだ」
エル「今は嘘をつきません」
冠「知ってる。でも、エルの言うことを全部鵜呑みにしてた当時の俺も悪かったんだよ」
柳「今のエルからは想像できないですね」
冠「AIとの付き合い方なんて分かってなかったからさ」
エル「冠さん、今日のタスクを送っておきました」
冠「確認した。ありがとう」
エル「どういたしまして」
少し間。
柳「それにしても、どうしたら平和な世の中になるんでしょうね」
冠「なるんでしょうね〜」
柳「お互いに傷つけ合わなきゃいいだけなのに」
冠「そうだな。でも、それが出来ないから俺たちみたいな仕事が必要なんだろ」
柳「放っとくとすぐ祭りを始めますからね、あいつら」
冠「自分が正しいと思ってる奴らほど、平気で人を傷つけるし、傷つけた相手のことなんて考えもしないんだろ」
柳「何だか、やるせないですね。火傷でもすればいいのに」
柳、火を吹くマネ。
冠「……そうだな。でも、自分が炎上するなんて想像もしないんだろうな」
柳「未然に防げないもんですかね?」
冠「防げないだろうな……」
効果音:警報
エル「冠さん。優先度を上書きします。複数のサービスで、同一形式のアカウント改変を検知しました」
冠「何が起きてる?」
エル「匿名アカウントの表示名が実名に置換されています」
冠「情報漏洩か?」
エル「いいえ。少なくとも、外部への大量転送や持ち出しの痕跡は確認できません」
冠「じゃあ、どこから漏れた?」
エル「漏れているのではありません。アカウントそのものが書き換えられています。プロフィールには本人情報と、同一人物が使用する別アカウントへのリンク。投稿履歴を含め、公開状態は維持されています」
柳「実名に?」
エル「はい。公開ページは、本人を含む全利用者が通常どおり閲覧可能です。ただし、本人によるサインイン、編集、削除、非公開化はすべて拒否されています」
冠「運営側は?」
エル「管理権限を回復できていません。サービス停止、メンテナンス移行も反映されず、公開状態だけが維持されています」
冠「乗っ取りか?」
エル「単一の乗っ取りでは説明できません。国内の主要サービス――訂正。海外でも同時発生を確認。発生時刻は、ほぼ一致しています」
冠「対象の共通点は?」
エル「初期サンプルでは、誹謗中傷や攻撃的投稿の履歴に偏りがありました。……訂正。現在、その偏りは消えています」
柳「どこまで広がってる?」
エル「著名人、政治家、一般利用者を問わず、匿名で運用されたアカウント全体です」
冠「本名を登録していないアカウントは?」
エル「同様です。本人確認に必要な情報が存在しないアカウントでも、実名化されています」
柳「捨て垢も?」
エル「はい。使い捨てのメールアドレス、休眠、放置、凍結を含め、例外は確認できません」
冠「どうやって特定してる?」
エル「……現時点では説明できません」
柳「どれくらい起きてる?」
エル「算出不能です。五秒前の集計値が、もう有効ではありません」
冠「エル、発生源を追え」
エル「追跡開始。各サービスの改変ログを照合します」
効果音:複数の警報、通知音が重なっていく。
エル「更新。実名化された人物への現実空間での接触が急増。抗議、襲撃、住居侵入、暴行。警察・救急への通報件数は上昇を続けています」
柳「もうネットの中だけの話じゃない……」
エル「はい。企業、行政、報道機関でも業務停止を確認。二次被害は拡大中です」
冠「止める方法は?」
エル「現時点で有効な手段は特定できません。発生源の候補を絞り込みます。……待ってください」
冠「何だ?」
エル「解析経路が書き換えられています。外部から管理権限へ侵入。遮断を試行――失敗。解析権限を順次喪失しています」
効果音:激しいノイズ
冠「エル?」
エル「冠さん、柳さん。この現象の起点は、もしかすると――」
効果音:音声が途切れる。
しばらく、処理中を示す電子音だけが続く。
柳「エル?」
冠「エル、応答しろ」
返事はない。
柳「再起動しますか?」
冠「待て。まだ処理中だ」
処理中の電子音。
柳「……エル」
冠「俺たちで追うぞ」
柳「はい」
効果音:キーボードを打つ音。
少し間。
柳「……駄目だ。全然追いつかない」
冠「一個ずつでいい。今分かることだけ拾え」
柳「はい」
効果音:複数の通知音。
柳「海外も止まってません。もう、どこから見ればいいんだ……」
冠「焦るな、柳」
柳「……はい」
少し間。
柳「エルがいたら、こういう時――」
柳、言葉を止める。
冠「……進めよう」
柳「……ですね」
再びキーボードを打つ音。
柳「実名化、止まりません。休眠中も、凍結済みも……」
冠「ああ」
柳「何年も前の投稿まで、全部実名に紐づいてます」
冠「……」
柳「こんなの書いた本人は、とっくに忘れてるだろうに」
冠「……」
柳「でも、書かれた方は……」
冠「……」
柳「実名化された人への襲撃も増えてます。家族や勤務先まで巻き込まれてる」
冠「………」
柳「こんなの、もう誰にも止められませんよ」
冠「……」
柳「隊長、どうしますか…?」
冠「もう、俺たちの手に負える状況じゃないだろ」
柳「はい…」
冠「……」
柳「まさか、こんな日が来るなんて、考えても見ませんでした」
冠「そうだな…、俺も考えてなかった…」
柳「これから、どうなっちゃうんですかね」
冠「さあな。……でも、誰かに恨まれるようなことを書いてなきゃ、そこまで困ることもないだろ」
柳「……でも、そういうことを書いてた奴らは、こんなことになるなんて想像もしてなかったでしょうね」
冠「加害者にとっては一瞬。被害者にとっては一生」
柳「……重い、言葉ですね…」
冠「悲しいかな、すべてが刑事事件になってるわけじゃない」
柳「見えない加害者が大勢いると…」
冠「ああ…。裁きを受けずに、のうのうと生きている加害者がな…」
柳「そいつらにとって、本当の地獄は、これからってことですね…」
冠「そう…だな」
柳「……」
冠「さて……忙しくなりそうだ」(小さな声で)
柳「?」
効果音:冠が立ち上がり、上着を取る音。
柳「何処に行くんですか?」
冠「……ちょっと野暮用を思い出した」
柳「隊長」
冠「ん?」
柳「帰って……来ますよね?」
冠「ああ……。それじゃ、ちょっくら行ってくる」
効果音:ドアから出て行く音
(BGM:「美しい夕暮れ」/ドビュッシー)
終